ベトナム

2005

ベトナム:少し期待はずれなメコンデルタ

デタム通りの旅行会社では、メコンデルタを巡るツアーを催行している。 日帰りから、数泊するものまで、旅行会社によって様々なコースがある。 ツアー会社や何日訪れるかにより、行く場所は違うようだが、日帰りの場合はミトーを訪れることが多いようだった。 1泊以上であれば、ミトーに加えて、カントーなども訪れるらしい。 今回は、日帰りツアーに参加することにした。 ツアーでは、最初に、バスでミトーを訪れ、しばし自由時間となった。 とは言え、さほど長時間ではないので、少し土産物屋を冷やかしたり...
2005

ベトナム:ベトナム戦争のの激戦地クチトンネル

デタム通りの旅行会社催行の半日ツアーに申し込み、クチトンネルへ行ってみることにした。 クチトンネルは、ホーチミンからおよそ70km北西にあり、ベトナム戦争当時、南ベトナム民族解放戦線(べトコン)の有力な拠点が置かれていた場所だ。 アメリカ軍は、度重なる空爆と枯葉剤の使用でクチトンネルの攻略を試みたものの、解放軍は、地下に総距離250kmにも及ぶトンネルを掘りゲリラ戦を続け、アメリカ軍は、最後まで攻略することはできなかったらしい。 ここでの堅固な抵抗が、ベトナムに勝利をもたらした要因の一...
2005

ベトナム:東南アジアっぽい雰囲気のホーチミン

ニャチャンからベトナム最大の商業都市ホーチミン(旧サイゴン)へやってきた。 今回はおよそ8時間のバスの旅で、昼間の景色を堪能しつつの移動となった。 ハノイからの移動は全てシンカフェのオープンツアーのバスを利用したのだが、ベトナムの移動はなかなかにハードだった。 ただ、全行程でおよそ20ドルと値段は破格に安かったので、多少ハードなのは仕方ないのだろう。 まずは、本日の宿探しのため、デタム通りへ行ってみることにした。 ベトナムのカオサンと言われているデタム通りだが、インターネットカ...
2005

ベトナム:シーフード天国ニャチャン

シンカフェのバスに乗り、ホイアンからおよそ18時間、ベトナム屈指のリゾート・ニャチャンへやってきた。 今回のバスは空いていたため、長時間移動がさほど苦にならなかった。 ベトナム屈指のリゾートということで、きれいな海を期待していたのだが、全然きれいではない。 それに、人が少なく、ビーチが閑散としている。 プラスに考えれば、ビーチを独り占めというところだが、人気がなく閑散としたビーチはなんとなく居心地がよくない。 ニャチャンのビーチ。 人がまったくいない…。 ビーチは早...
2005

ベトナム:がっかりな遺跡ミーソン

ミーソン遺跡は、ホイアンからおよそ45kmの距離にあるチャンパ王国の聖地で、世界遺産にも登録されている。 なんと900年もの長い間チャンパ王国の聖地であり続けたというのだから驚きである。 ここへは、ツアーで訪れるのが一般的なようだ。 こんな歴史のある遺跡なのだが、正直ただの廃墟である。 カンボジアのアンコール・ワットをものすごく小さくし、破壊したといった印象だ。 歴史的な価値はあるのかもしれないが、感動するものは何もなかった。 ミーソン遺跡。 ミーソン遺跡その2。 ...
2005

ベトナム:日本文化を感じれるホイアン

フエから、シンカフェのバスに乗り、およそ5時間でホイアンに到着した。 ホイアンは、チャンパ王国時代には中国とインド、アラブを結ぶ中継貿易の都市として、16~17世紀には阮朝の交易の中心地として反映し、アユタヤ、マニラと並び、日本人町まで作られていた歴史ある街らしい。 現在の街並みは、江戸幕府の鎖国政策後の中国南部の影響を強く受けたものだが、街中には、日本人によって作られた日本人橋が残っているなど、日本の影響を受けている部分も多く見受けられた。 ホイアンの街自体は、見所は全部とい...
2005

ベトナム:DMZ(非武装)地帯

DMZとは、Demilitaraized Zoneの略称で、ベトナム戦争時に、17度線近くを流れるベンハイ川沿いに、幅およそ10kmに渡り設定された非武装地帯のことである。 この非武装地帯を境に、南北ベトナムの激しい争いが繰り広げられ、現在では、このベトナム戦争の激戦地を巡るツアーが催行されている。 ツアーでは、ベンハイ川にかかるダクロン橋を訪れた。 ここは、北ベトナムゲリラの南ベトナムへの補給路橋で、かつてホーチミンルートと呼ばれていたらしい。 今となっては、きれいに修復されて...