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インドのアーカイブ

インド:心休まるコルカタ(カルカッタ)

ガヤの駅長に頼んでおいたシートのキャンセル待ちのチケットは、なんとかシートを振り分けてもらうことができていた。

コルカタ行きの列車は、ガヤ始発ではないため、いつ来るのかがはっきりとわからない。
時間通りに来る可能性もあるし、2時間以上遅れる可能性もあるのだ。

インドの列車では、到着時間が数時間遅れることは当たり前に関わらず、停車駅のアナウンスがなく、さらに駅名が書かれた案内板も各駅に1つ程度しかない。
最初の頃は、降りる駅がわからないのではないかと非常に不安だったが、だいぶ慣れてきてそれらの不安はなくなってきた。

今回、コルカタ駅行きの列車がいつ来るかはわからないが、さほど不安は感じなくなっている。
少しはインドに慣れてきたのだろうか。

コルカタ行きの列車を待っていると、
「日本人の方ですか?」
と、突然話しかけられた。
彼女は加奈子さんといい、どうやら同じ列車でコルカタへ向かう予定らしい。
どうやら大のインド好きで、何度もインドには訪れているらしい。

考えてみると、日本人と話すのは久しぶりである。
意外にも、インドで日本人に会う機会はほとんどなかった。

さて、たまたま会った加奈子さんだが、インドが大嫌いになりかけていたときに、インド大好きな彼女に会い、インドの楽しみ方をなんとなく教えてもらうことができた。
コルカタからバンコクへ移動しようかなという案も考え直し、結果的に当初の予定通りインド西部も巡ることができた。

コルカタヘの列車だが、予想通りガヤへの到着も、コルカタヘの到着も大幅に遅れたが、まあいつも通りといった感じ。

安宿街であるという、サダルストリートへ移動し、日本人宿として有名なホテル・パラゴンへ泊まることにした。
今まで日本人宿というものにあまり泊まったことがなくどんなものだろうと思っていたが、予想以上に居心地が良い。
誰とも関わりたくなければ関わらなくてもいいし、今日は1人で夕飯を食べたくないなと思えば誰かと行けば良い。
適度な人間関係が、妙に心地よい。

コルカタだが、ガイドブックを読むとさほど見どころはなく、当初はすぐに移動する予定だったが、とても居心地が良い。
サダルストリート近くには、大きな市場もあるし、映画館もたくさんあるし、カレーに飽きても安い中華料理屋もたくさんある。

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コルカタのハウラー駅。


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ハウラー駅近くから対岸へはフェリーで渡ることができる。

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ハウラー駅近くの遊び場。

コルカタで行ってみたかった場所は、ナコーダモスクとカーリー寺院だ。
地下鉄があるので、どちらも容易にアクセスすることができる。

まず、ナコーダモスクへ行ってみることにした。
ここを訪れたかった理由は、ガイドブックに載っていた写真がとても美しかったからなのだが、どうやら塗装をやり直したようで、緑色がメインのモスクになっていた。
何となく安っぽいイメージで、少しガッカりしてしまった。
ただ、モスク周辺は、インドの下町といった雰囲気の場所で、行ってみて損はなかったように思う。

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インドの下町。

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外国人はまったくいないが、インドらしく活気に溢れている。

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色がいまいちなナコーダモスク。

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皆フレンドリー。

次いで、カーリー寺院へ訪れた。
以前、ネパールで訪れたダクシンカリと同じく、カーリーへ生贄をささげるのだがダクシンカリとは異なり、斧で首を一刀両断していた。

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カーリー寺院。

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カーリー寺院その2。

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カーリー寺院その3。

コルカタでは、1日にいろいろな名所を訪れることはせず、だいぶ休息することができた。
次はバングラデシュに向かうことにする。


インド:ブッダガヤと人間不信

数日間過ごしたカナダ人カップルとかヴァラナシでわかれ、ブッダガヤへ向かうことにした。
彼らはこれからデリーへ戻り、次はドバイへ向かうらしい。

ブッダガヤへは、最寄駅のガヤで列車を降り、そこからバスかオートリキシャで15キロほど移動することになる。

ヴァラナシからガヤへの列車のチケット、さらにガヤからコルカタヘの列車のチケットはあらかじめガヤのツーリスト専用チケット売り場で購入しておいた。
しかし、このチケット売り場の担当者がなかなかにどうしようもないやつで、またもインドの洗礼を受けることになった。

そもそも、チケットを購入する段階で、明らかに私用と思われる電話で2時間以上待たされ、不信感は募っていたのだが、チケットを受け取ると、座席番号のところにWCと書かれていた。
以前のチケットでは、席番号が書かれていたので確認するも、
「まったく問題ない。席は取れてるから」
としか言わない。
WCという席のエリアがあるのかも知れないと勝手に思っていたのだが、当日列車に乗ってみると、どうやらWCは「Waiting Cancellation」の略らしい。
何のことはなく、座席なんて取れていなく、数時間も列車で立ちっぱなしかと途方にくれるも、どうにか乗務員に頼み込み、席を確保してもらった。

翌日に利用する予定の、ガヤからコルカタのチケットでも、WCと書かれており無駄な心配事が増えてしまった。
何をするにもスムーズに行かず、本当にめんどくさい国だ。
カナダ人カップルと行動する中で、少しはインドになれたかなと思っていたが、とんでもない。
またもトラブルである。

ブッダガヤへは、ヴァラナシからの夜行列車でやってきた。
とりあえず、すぐに駅長室へ行き、座席を確保してくれるよう頼み込み、夕方までに確認してくれる確約をとっておいた。

その日の夜行列車でコルカタへ移動する予定だったため、ホテルへ宿泊する必要はなかったのだが、トラブル続きで疲れてしまったため、ガヤの駅前のホテルにチェックインし、仮眠をとることにする。

しばし、休憩をし、ブッダガヤへ向かうことにした。
ブッダガヤへはバスで移動をし、マハーボーディ寺院を見に行った。
ここはブッダが悟りを開いた場所で、大菩提寺とも大精舎とも言われる。
残念ながら、工事中だったのだが、52メートルもの仏塔は圧巻であり、チベット仏教徒などが真剣にお祈りを続けていた。

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マハーボーディ寺院。

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マハーボーディ寺院その2。

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マハーボーディ寺院その3。

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マハーボーディ寺院全景。規模はさほど大きくない。

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修行する人々。

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説法をする僧。

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ブッダガヤ周辺の町並み。

続いて、セーナー村に行ってみることにした。
ここは、スジャーターが乳粥供養をしたことで知られている村である。
ガイドブック曰く、のどかな村で、一般人でも悟りを開いてしまえそうな気になれるほどの村らしいが、まったくもってそのような印象は感じなかった。

セーナー村に到着するや否や、村人が群がってきた。
何が何だかわからないうちに、日本人が寄付をして作ったという学校に連れて行かれ、日本人のセーナー村の子どもに送ったメッセージを大量に読まされた。
それらの行動があまりに強引でうんざりしていたのだが、終いには、日本語を話せるインド人が現れ、寄付を要求してきた。
正直、あまり気乗りはしなかったのだけれど、何となく仕方ないかなという気持ちにもなっていたところ、なぜか金額まで指定してきた。
「1000ルピーくらい寄付できるんじゃないか。普通の日本人なら2000ルピーくらいはくれるぞ」
とふざけたことを言ってきた。
そんなことを言われては、1ルピーたりとも寄付したくなくなり、早々にこの村を立ち去ることにした。

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セーナー村周辺。

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セーナー村。

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セーナー村その2。

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セーナー村その3。

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のどかな光景に見えるのだが…。

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スジャータ寺院入り口。

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スジャータ寺院周辺の様子。

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笑顔の彼らだが、次から次へと、色々な寄付を要求してくる…。

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スジャータ村の少年。

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スジャータ村の少女。

貧しい人に寄付してあげることはとてもいいことだと思う。
ただ、お金を貰えることが当たり前と思わせてしまうようなやり方ではむしろ逆効果ではないだろうか。
かたちだけでもいいから、何か仕事を与えてその対価としてあげることで、通常の社会の仕組みをわからせるべきだと感じる。

とにかく、どこを訪れても何かちぐはぐしていて、まったく面白みを感じない。
インドなんだからおおらかに行けばいいと言う人もいるだろうし、自分でもそう思うのだが、あまりにも次から次へと、イライラすることが多く、残念すぎる。
ガヤ周辺の各国の寺院を訪れようと思っていたのだが、そんなものどうでも良くなってしまった。

直前に訪れていたミャンマーとの差が大きすぎるせいもあるのかもしれないが、インドでは会う人、会う人すべてが嘘を言っているように、人を騙そうとしているように感じてしまう。
実際はそんなことはなく、旅行者に寄ってくるインド人が怪しいだけだと思うのだが…。
いずれにせよ、極度の人間不信である。

どうにかこの負のスパイラルを止めたいのだが…。
インドにいてもまったく楽しめないのなら、コルカタから一気にバンコクへ飛んでしまおうかという気もしてきた。


インド:ブッダの史跡サールナート

ヴァラナシからわずか10キロ足らずの場所に、釈迦が悟りを開いた後、初めて説法を説いたとされるサールナートがある。

仏教の四大聖地の一つで、鹿が多くいたことから鹿野苑とも呼ばれているらしい。

以前、手塚治虫のブッダで読んだ記憶があり、せっかくなので訪れてみた。
ダメーク・ストゥーパという立派なストゥーパが残っており、アショーカ王の石柱なども残っており、漫画の光景が蘇ってくる。

もちろんものすごい古い遺跡なので完全には残っていないが、訪れる価値はある遺跡の一つだと感じる。

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サルナートのストゥーパ。

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サルナートのストゥーパその2。

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サルナートの史跡全景。

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今は、土台くらいしか残っていない。

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アショーカ王の石柱。

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アショーカ王の石柱その2。

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ブッダの説法の様子。

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鹿野苑。

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写真を撮って欲しいと寄ってきた少女。


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